シェムリアップについて

僕が働いているシェムリアップについて紹介します。

シェムリアップはカンボジアにあるシェムリアップ州の州都となっている都市名です。

このシェムリアップには、皆さんも良くご存知なアンコールワットなどがあるアンコール遺跡群があります。アンコール遺跡群はユネスコの世界文化遺産に登録されており、毎日のように世界中から多くの観光客が訪れています。最も有名なアンコールワットはカンボジア王国の国旗にも描かれています。

シェムリアップ観光案内
http://homepage1.nifty.com/Cafe_Saigon/cambodia/siemreap.htm

誰にも言ったことがありませんが、僕はカンボジアで働くなら、シェムリアップとこだわっていました。それは、この世界的にも有名な寺院建築から構成されているアンコール遺跡群が近くにあることといっても過言ではありません。歴史好きで寺社仏閣好き、歴史建造物好きとなれば、こういった遺跡の近くで仕事をするということは夢のまた夢の話しで、実現出来た今は夢のような気分です。

少し話しが逸れたので戻します。

アンコール遺跡群は、かつてカンボジアにあったクメール王朝の首都があった場所になります。王国が出来たのは9世紀頃からで、アンコールワットが作られ始めたのは12世紀になってからです。

アンコール遺跡群にある主な遺跡を紹介します。

先ずは中心部にあるのが、12世紀初めに建設されたアンコールワットと12世紀末に建設されたアンコールトム。アンコールワットはヒンドゥー教ですが、アンコールトムは仏教となっています。このように遺跡群にある建造物は、ヒンドゥー教と仏教が入り組んでいることでも有名です。

アンコールワットのほうが知名度が高いですが、建造物はアンコールトムのほうが多く見るところを多いです。アンコールトムはジャヤーヴァルマン7世という国王が建てました。彼はクメール王朝で初めての仏教徒で国王になりました。そのため、アンコールトム内に彼が建てたものは全て仏教となっています。一つ一つが有名なので説明すると長くなってしまいますので、言葉だけ列挙します。バイヨン・象のテラス・ライ王のテラスなどがあります。ちなみに、このアンコールトム内には仏教だけでなくヒンドゥー教のものがありますが、ヒンドゥー教のものはジャヤーヴァルマン7世が建てたものではありません。

中央部はこれくらいにして、東部にあるのが境内で火葬が行われていたことが名前の由来となっているプレ・ループ。アンコールトムを建てたジャヤーヴァルマン7世が建てたタ・プローム、スラ・スラン、バンテアイ・クデイなんかも有名だと思います。

少し面倒くさくなってきたのでジャヤーヴァルマン7世が建てたものだけに絞っていきます。

北東部には絡み合う蛇が語源となっているニャックポアンというのがあります。ここは人口の島で寺院しかないので、寺院を作るために作られた人口の島だと思います。建造物としての感動は少なかったものの、寺院を作るための人口の島だと考えると、もっと違う気持ちで見てくれば良かったと思い、また行きたい寺院ベスト1です。

北部にあるプリヤカーンは仏教の建物ですが、仏教とヒンドゥー教の習合寺院でもあります。

途中、早足になりましたがシェムリアップは遺跡が多くて良いところです。

カンボジアについて紹介します。

2回目となる今回は、僕が働くカンボジアについて紹介したいと思います。

カンボジアの正式名称はカンボジア王国と言います。王国なので国王がいます。国王の名前はノロドム・シハモニさんです。見たことがありません。多分、首都であるプノンペンに行けば見れると思います。

ノロドム・シハモニ – Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%AD%E3%83%89%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%8F%E3%83%A2%E3%83%8B

カンボジアの首都であるプノンペンは東洋のパリと言われます。それは美しい町並みが関係しているようです。実際、東南アジアを回った時にプノンペンの町並みは綺麗だと思いました。でも近代建築よりは遺跡の方が興味があったので初めて訪れた時や就職活動で訪れた時を入れても一週間と過ごしたことがありません。

ちなみに日本人は皆さんカンボジアと言いますが、カンボジア人はカンプチャとかカンポォチャとかと言います。中にはカンプチアと言う人もいます。日本人以外でカンボジアと言っている人には出会えていません。英語ではカンボゥディアです。

カンボジアといえば、アンコールワットなどの遺跡を思い浮かべると思いますが、それは次回のシェムリアップを紹介するときにじっくりと紹介したいと思います。あと、もう一つイメージするのは地雷じゃないでしょうか。カンボジアは内戦の影響で国内いたるところに地雷や不発弾がありました。しかし今は国内外の政府やボランティアによってかなり多くの地雷の撤去や不発弾の処理が行われており、各都市部においては安全になりました。ただし地方では撤去や処理が行われていないため、都市を離れると危険な地域もあります。

カンボジアは王国なので、天皇が居る日本と繋がりがあるように思われますが、実はカンボジアは日本よりも韓国との繋がりのほうが強いんです。カンボジアにとって韓国は最大の投資国となっています。また経済の結びつきが強く、韓国の大統領がカンボジアの経済顧問を務めたこともあるそうです。

カンボジアのGDPは397億ドルで世界では102位となっています。また国民一人あたりのGDPは2576ドルとなっています。

カンボジアの通過はリエルといいます。ちなみに中東諸国で利用されている通貨はリアルといいますが、カンボジア人の発音を聞いていると、リエルがリアルと聞こえます。生活上、中東諸国のリアルを使うことがないので発音の細かいことを気にする人は居ません。

ここまでカンボジアについて紹介してきましたが経済について紹介することを忘れていました。次はシェムリアップについて紹介したいと思いますので、経済については、またどこかのタイミングで紹介いたします。

カンボジアで働き始めた理由

こんにちはカケフ君と申します。

1回目は、僕がカンボジアのシェムリアップで働き始めた理由を紹介したいと思います。

僕は前の会社を辞めてから1年間世界を放浪していました。本当に何の目的もなく気ままな一人旅です。中国から南下して東南アジアをぐるりと周遊。空路でヨーロッパへ移動し電車でヨーロッパ中を回ってからアフリカ大陸へ。そして南米ではマチュピチュを見てから北米へ行こうかと思ったものの、時期が冬へと差し掛かるところだったので断念。

何故なら僕は冬というか寒いのが苦手なんです。

そこで夏になろうとしていたオーストラリアへ行こうと思ったのですが、高校時代は修学旅行で1週間、大学時代はニュージーランドと合わせて約1ヶ月居たこともあったので「今、行かなくても良いか」なんて思っていたところ、ベトナムで知り合ったK君から「カンボジアで働き始めた。」というメールが届きました。

日本が冬だったのもあって「今は日本に帰る時期じゃないな。」などと考え、カンボジアへと行く決心をしました。

カンボジアへと降り立ち、数日間K君のアパートで暮らしました。

2回目のカンボジアは、初めて来た時にしっかりと観光したこともあり、昼は観光はせずに毎日町中を歩き回ってはカフェでまったりするを繰り返していました。夜はK君とベトナムから働くまでの話しを延々としました。

K君はベトナムの後は中国へ行き日本へと帰ったこと。日本に帰ってから就職したけど3日で辞めたこと。辞めてからカンボジアに来て人材紹介会社に仕事を紹介してもらい就職したことなどを話してくれました。

仕事を紹介してもらった話しを聞いて「僕も仕事あるかな?」なんて酔ったいきおいで尋ねると、「同じアパートに仕事を紹介してくれた人材紹介会社の人が住んでるから電話してあげるよ。」と、あとはトントン拍子で仕事が決まってしまいました。

ビザのことで一度日本へ帰ることがありましたが、他は何も問題がなくスムーズに進みました。

僕が就職したのはカンボジア シェムリアップにあるIT系の会社で日本に本社があります。社長は30代半ばと若いです。

兄貴みたいな方なので、面接で初めて会った時に「この人の下で働きたい。」と思いました。就職が決まった時はとても嬉しくて、両親だけでなくK君にも報告しました。ただシステム開発を希望していたのですが、配属されたのは営業部でした。ほんとう、配属先だけが不満ですが、兄貴いや社長のために頑張りたいと思います。

320px-Cb-map-ja